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東京高等裁判所 昭和46年(う)927号 判決

被告人 押野賢一

主文

本件控訴を棄却する。

理由

(控訴の趣意)

弁護人桜井公望提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

(当裁判所の判断)

控訴趣意第一点について。

所論は、被告人は本件各犯行当時心神耗弱の状況にあつたのに、刑法三九条を適用して刑を減軽しなかつた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りがあるので、原判決は破棄を免れない、というのである。

そこで一件記録を精査し、かつ当審における事実取調の結果を合わせて検討してみると、被告人が原判示過失行為の際はなはだしく酩酊していたことは認めざるをえないところであり、このこととその前後における被告人の動静とに徴すれば、所論指摘のように被告人が当時是非善悪を弁識し、その弁識に従つて行動する能力を著しく欠いていたのではないかという疑いは一概に否定することができない。しかしながら、被告人が当日友人二名と飲酒した当初は、もちろんその精神状態は正常であつたのであつて、被告人は飲酒後自動車を運転して帰宅するつもりであつたのであり、一定量をこえて飲酒した場合には酩酊状態に陥り、正常な運転をすることができず、その結果他人に危害を生ぜしめることのありうることは被告人としては十分予見しえたものと認めることができる。そして、このように被告人にとつて右のような事実を予見することが可能であり、したがつて本来ならば飲酒を抑制すべきであつたにもかかわらず過度に飲酒して酩酊状態に陥り、自動車を運転して酒酔いのため原判示のような業務上過失傷害の罪を犯したのであるから、その過失行為の原因が被告人の飲酒にあることは明らかであつて、しかも飲酒の際には正常な精神状態にあつてそのことが予見可能であつたこと右に説明したとおりである以上、たとえ本件過失行為の当時には飲酒酩酊による心神耗弱の状況にあつたとしても、その過失傷害行為については完全な責任能力を有する者としての責任を負うべきものであつて、刑法三九条二項の適用はないと解すべきである。

したがつて、原判決には所論のような事実誤認ないし法令適用の誤りはないことになるから、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について。

論旨は、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのであるが、被告人は酩酊運転をし、原判示のように交通整理の行なわれている交差点で赤色信号を見落し、青色信号に従つて横断歩道上を歩行中のなんら過失のない被害者に加療約一〇日間の原判示の傷害を与え、さらに前方交差点に信号に従つて停止中の普通乗用自動車に自車を追突させ、なんら過失のない右自動車運転者に加療約二か月近くの原判示の傷害を与えているのであるから、被告人の運転行為はまことに無謀かつ危険というほかなく、しかも前に説示したようにこの事故は被告人にとつて当然予見可能であつたのにもかかわらず飲酒したことに起因しているのであるから、その責任は決して軽くないといわなければならない。そして、このほか、被告人にはそれまでに業務上過失傷害罪により一回、道路交通法違反罪により四回、いずれも罰金刑を受けていることなどに徴するとき、被害者との間に示談が成立していること、その他被告人のため酌量すべき所論の事情一切を十分考慮しても、被告人に対する原判決の量刑はやむを得ないものであつて、これを変更するだけの事由は存在しない。それゆえ論旨は理由がない。

以上の次第で、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のように判決をする。

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